

マチネ終演後のダメ出しを経て、新宿FACEのホールは緊迫感に満ちていた。
稽古開始前や本番前には役者さん達が各自で台詞を練習している光景をよく目にする。掛け合いが行われていることもあるが、多くの場合役者さんはそれぞれ異なる場面を演じている。がやがやと賑やかな光景はいつも始まりを予感させるプラスのエネルギーに満ちていて、潜入中はその「存在しえない場面」を楽しみにしてさえいた。
しかしこの日は楽しむ余裕など全くなかった。番記者はそばで見ているだけのくせに勝手に場の空気に呑まれ、前触れなく至近距離から飛んできた淺越さんの大声にビビって文字通り飛び上がりかけ、おまけにそれを細井さんにしっかり目撃されてしまうというていたらくであった。
そうして迎えた午後6時。正真正銘最後の『ナイゲン(全国版)』は立見席から観戦した。
目の前に座る人が声を上げて笑うのを聞いた。自由席のさらに後ろから、手を叩いて笑う人達の姿を見た。散発的な笑いがさざ波となり、すぐに大きな波となって眼下の客席全体に広がるのを見た。
潜入を繰り返すうちに番記者の「客観性」とやらに自信が持てなくなりかけていたところへ、この上なく強力で確かな後ろ盾を得た気分だった。
それから怒涛の撤収作業(および明け方まで続いた打ち上げ)を経て、またたく間に11月が過ぎていった。あの日の公演はこの地上から、少なくともあの劇場からは、跡形もなく消え去ってしまったように思える。
演劇は雷に似ているかも知れない。音も光も電流も衝撃も確かにあったのに、雷そのものは一瞬で消えてしまう。


自分の気持ちに正直で登場人物中最も感情の起伏が激しいかも知れない文化書記。声張りまくり前に出まくりの両隣や理屈っぽい先輩に押されながらも終盤で芯の強さを発揮する王道ヒロイン3148。わがままで怖い先輩かと思いきや、ここぞというところで助けてくれる柔軟さやぶん投げられたドキンちゃんをそっと机の上に返してくれる面倒見の良さも持ち合わせている道祖神(でもどさまわりに食ってかかるときの迫力は何度観ても背すじが伸びる、というか固まる)。
もちろん他の役者さん達も高校生らしく見えたけれど、特にこの三者三様の「女子高生っぷり」が印象的だった。
女性陣の残る3人は「抗う女子」だ。筆頭は監査委員長。お義理で海に誘ってきた運営側女子2人をはねのけ、暴走して会議の円滑な進行を妨げてばかりの1・2年生に冷徹なツッコミを入れ、議長の判断ミスが招いた身に覚えのない疑惑に抗う。道祖神の抗議に「気持ちはわかりますけど…」と応えるときも、同意してしまうわけにはいかないと内心で闘っているように見える。果ては説得して欲しいはずなのに向かってくる相手を片っ端から斬り捨ててしまう。続いて文化副委員長。自分が今年8回目の浮気相手に過ぎないと知らされてからの表情には凄みがあった。それでいて、流れが変わってからも(集計されないとわかっていても)議長の隣でまっすぐ挙手する姿は必死な子供のようにも見えて、応援せずにはいられない。ぽやんとしているように見えるハワイ庵もまた然り。手を挙げたいときに挙げ、挙げたくないときには挙げない。タンブラーを「人質」に取られても、あくまで自分の意志を貫く。
抗う相手も闘い方も異なる3人それぞれの懸命な姿から、目が離せなくなる。
(後編につづく)